2011年 12月 14日
 

 久しぶりの中国バス旅行。中国自慢の高速鉄道が整備されてきたとは言え、やはりそれは大都市間に限られており少しそれると最大の交通手段はバスとなる。ただ過去(20年くらい前までか?)と比べると、高速道がはりめぐされ、バスも大型化、空調も完備しているため難行苦行ではない。1979年に初めて洛陽から鄭州行きのバスにのった。

 バスと言っても相当年齢を感じさせ、これに満席の人間と、かなりを荷物を積んで本当に走れるのだろうか?屋根には荷物が満載されており、真冬であるのに窓はあちこちが開けっ放し。(要は壊れて閉まらないのである) さすがに乗るとき一瞬躊躇したものだ。防寒服に身を固め、ただひたすら目的地に着くことだけを考えていたのが懐かしい。

 上海から北へ380km、6時間かかったのは早いというべきか遅いというべきか? 大都市より地方へ移動すると、地方の目的地に近づけば近づくほど、客が自分の都合の良いところで運転手に声をかけ、それぞれが降りていく。確かに合理的だが乗り合いバスそのものだな。

 今回は面白い発見をした。バスの通路最後尾にプラスチック制のフロイスを連想させる小さな椅子が重ねておいてあった。最初は他の乗客の持ち込み荷物と思っていたが、ほどなくそれが補助椅子代わりの通路用イスだと知る。なるほど日本でよく見る補助イスは中国では見たことがなかった。しかしこのフロイスでは背が低いだけに、座るとそのまま床に坐るような感覚で、長時間の移動には適さない。

 ここで改めて現代中国の若者気質を見る。帰途、私は早いめに乗車し、本来のシートを確保した。次々と乗車し、全席が埋まって最後に乗車したのが、老夫婦だった。席が空いていないことで観念した様子、例のフロイスを取ると床にしゃがみ込んだ。あのお二人は上海まであのままか・・・。 周りの乗客は20-30代の屈強そうな若者ばかりだが、だれも素知らぬ顔で代わろうとする気配はみじんもない。ならば私が代わろうかという男気もなくなんとなく情けない気持ちになる。ほんの少し言い訳をさせてもらえれば私も56才であり、とてもではないが若者と呼ばれる年齢ではないのだ。下手に私が譲ろうとすれば、老夫婦に恐縮されるに違いない。

 中国の若者が社内で老人に席を譲るのはもう少し先の時代になりそうである。幸いなことに1時間ぐらいで下りる客があり、老夫婦は無事床から解放された。ついでに私も解放された気分となる。
 
 
2011年 2月 26日
何処も同じ老親の悩み

 

ここは上海の中心部にある人民公園、

会場には数百枚のビラがひしめくように掲示されており、それを多数の初老の男女が思案顔で読み込んでいた。最初は中高年者の求職情報を掲示しているのかと思ったが、参加者の年齢や性別の多様さや会場のおおらかとも思われる雰囲気からするとそうでもなさそうである。

試しに数枚内容を見ると、それは彼らの未婚の息子や娘達の婚活のビラであった。年頃の未婚の子女を持つ親の悩みは世界共通であり、同じ立場にある者として思わず納得。しかし会場にはビラの当事者達の姿は殆ど見当たらない。親が勝手にやっており当事者達はこのようなアナログの活動には関心がないのだろう。

ビラの内容を見て行くと、そのストレートな要求条件には感動を覚える。特に女性側の求める条件は高いようである。これも世界共通の傾向か。3高は当たり前、大抵の男なら下を向いて黙って立ち去るだろう。仕事を持つ高学歴の女性の比率が高い上海ならではの傾向なのかどうかは分らない。自己主張の強い中国人女性に共通する傾向かもしれない。

共産党員であることを強調しているビラも目に付いた。中には本人だけでなく両親も共産党員であることが書かれており、世界第二の市場経済大国の今も共産党員であることは結婚のセールスポイントになるようである。経済成長に伴い共産党員であることの利点は少なくなったと聞いていたが、巨大な開発利権の魅力でその流れが変って来たのかもしれない。中国共産党が今や世界最大の利権団体であり、その利権組織の一員となれば豊かな生活が保障されることを、多くの国民は感じ取っているのだろう。
 
 
2011年 2月 3日
富裕層の為の毛皮ショー?
 
 

毎年1月の早い時期に北京で「中国国際装皮革皮製品交易会」が開催される。我業界(インテリア製品)はその一部として参加しているムートン製品が取り扱い品目となる。以前はムートンが突出して売れていたため独立して展示会を行っていたが、昨今、日本におけるムートン市場縮少とともに取り扱い業者も激減し今は本来のこの交易会に吸収され細々と続いているのが現状。ムートンだけを専業としている参加企業は約10社程度か?

しかし、服装あるいは副資材としての毛皮は世界でも中国市場が一番の隆盛を誇っているのではないか? ヨーロッパで古くから愛用されたミンク、キツネ等の毛皮コートの主要な生産地は現在かなりの工場が中国へ移されている。当初は環境問題や人件費の安さからの移管が今や最大の消費地の位置づけで重要視されている。自動車の縮少版である。

富裕層を当て込んだ高級毛皮コートは中国人バイヤーから熱い視線を浴びており商談も活発である。中国ドリームを実現した富裕層は高層の高級マンションに住み高級車を乗り回し、そしてその夫人たちは寒い冬には高級毛皮を着用する。

余談ながら、現在沈帯気味の日本経済と世界を索引する中国経済の大きな差は購買意欲が強いか強くないかが大きくかかわっているのではないか? 現在の中国人はより生活を豊かにするために高級品を手に入れる。あるいは買うというモチベーションが存在する。しかし、日本人には気薄である。質素倹約を美徳とする民族であればその購買量も限界がある。やはり経済活性化のためには金持ちは金を使わないといけない。
 
 
2011年 1月 25日

新しくオープンした北京空港ターミナルⅢ 到着。どういう訳か建物から離れたところに駐機したためリムジンバスでの移動となる。2008年オリンピックより環境対策が重視され、最近の北京では青空の見える日が多い、さすがに寒い。日中でもマイナス5度。おまけに風が強く顔につき刺さるようだ、乾燥しているせいか静電気がしばしば起こる。

食事はさすが首都大北京、滞在中 堪能させて頂きました。またたく間に2kg増える。ビールの注文時は「冷えたビール」とわざわざ言わないと常温を持ってくる。中国人は冬場に冷えたビールを飲む習慣はないのだ。ただ残念なのはヒツジのシャブシャブを食べれなかったこと。次回までお預けである。
 
 
2010年 12月 27日

今年内勤業務から営業職に転じ初めての中国出張、とは言っても上海で生まれ、上海で育った私にとっては久しぶりに帰国する感じに近い。 5年近くも帰っていないと、その間ですら変貌振りにまるで別の大都会に紛れ込んだような錯覚すら覚えた。ビルはとにかく高層、人目を出来るだけ引くような外観のビルが競うように林立する。LEDでライトアップされた街は、派手好きの上海人のまさしく真骨頂である。

上海の地下鉄はよく考えている。電車とホームの間に必ず仕切り版を設け、電車が到着後その仕切り板の扉も開くので人身事故を未然に防いでいる。並ぶという常識がかなり希薄(少なくとも私が上海にいた時代はそうだった)な中国人にとっては最良、かつ絶対に必要な設備である。車内は思ったよりも広く、正直今利用しているJRよりは不快指数は低い。 痴漢の被害もまだ少数とのこと。
それに比べ地上を走るバスはまだ快適とは言い難い。 地下鉄と比べこちらの待ち客は並ばない。バス到着と同時に殺到して押し合いながら乗るのは昔のまま。 やはり料金の高い地下鉄のほうが乗客の質が高いのかもしれない。こちらは日本に軍配を上げます。

街行く人の服装も人民服で身を固めた私の頃とは様変わり、若い人なら日本人と変わらない。 センスもよくなってきており、中国人の伝統とも言える、痰やつばをところかまわずにはきちらす行為も少なくなってきたように思う。 世界一の車大国になりつつある中国、 そしてその経済の中心たる上海の交通量の多さはもはや想像の粋を超えている。 交通渋滞、排気ガス、そして車優先の社会はまさしく交通戦争。 気の弱い人、優しい人はここでは絶対にハンドルは握らないこと。 はっきり言ってここで運転は無理です。 日本の交通政策がいかにすぐれているかここに来て初めて実感。

まあ、いろいろ混沌とはしながらも発展を続ける私の故郷はそれなりにこれからが楽しみです。